大判例

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東京高等裁判所 昭和60年(う)818号 判決

被告人 鳥浜学

〔抄 録〕

論旨は、本件は、石川正臣が突然包丁を持ち出し、被告人の顔面に対し右包丁を差し向け構えたので、被告人が身を守るためウイスキーびんで石川を殴打したものであって、被告人には防衛の意思が存在したにもかかわらず、原判決が被告人に防衛の意思がなかったとして正当防衛を認めなかったのは、事実を誤認したものであるというのである。

そこで、原審記録を調査して検討する。<証拠略>を総合すると、被告人がウイスキーびんで石川を殴打した経緯、態様、意思などについて、以下の事実が認められる。(中略)

以上の事実関係を基礎とし、被告人が石川をウイスキーびんで強打した際、被告人に防衛の意思が存していたか否かを考えてみるのに、最高裁判所の判例(昭和四六年一一月一六日第三小法廷判決・刑集二五巻八号九九六頁、同五〇年一一月二八日第三小法廷判決・刑集二九巻一〇号九八三頁)が示すとおり、相手方の急迫不正の侵害に対し憤激又は逆上して反撃を加えたからといって、直ちに防衛の意思が欠けるというものではなく、急迫不正の侵害に対し自己又は他人の権利を防衛するためにした行為と認められる限り侵害者に対する攻撃的な意思が併存していたとしても、防衛の意思に出たものと解すべきである。しかし、他面、最高裁判所の判例(右昭和五〇年一一月二八日判決)が示しているとおり、行為者が防衛に名を借りて侵害者に対し積極的に攻撃を加えた場合には、もはや防衛の意思に基づく行為と認めることはできない。そこで、本件においては、防衛の意思と攻撃の意思とが併存していた場合であるのか、専ら攻撃の意思が存していた場合であるのかが問題となる。そして、本件のように、相手方が包丁を持って行為者の近くに立ち、行為者を難詰するという挙動に出たときには、当然身体等に対する危険が差し迫っていると考えられるから、ことを一般的に見る限りでは、本件のように行為者がその場にあったウイスキーびんで相手方を強打するという行為も、防衛のための行為であって、防衛の意思に基づくものであると推認するのが相当であり、反撃の程度が相当性を欠くと判断されることがあるにとどまるというべきである。しかし、右のような場合であっても、具体的な事案においては、行為者が自分に加えられている侵害を排して自分の法益を防衛するため反撃に出たのではなく、その機会に専ら相手方に対し積極的に攻撃を加える意思で行為に及ぶこともあり得るのであり、特に、具体的に採った反撃の手段が防衛のためにはとうてい必要とはいえない過大なものであり、かつ、そのことを行為者が知りつつあえてそのような手段を採ったようなときには、防衛の意思を否定すべき場合がむしろ多いと考えられる。

これを本件についてみるのに、被告人は、前記のとおり、捜査段階においては、石川から包丁で傷つけられるのを防ぐためではなく、同人が包丁まで持ち出してしつこく自分を難詰することに腹を立て、同人をウイスキーのびんで殴ったものであると供述し、原審公判においても、後で考えると石川は刃物を持っているので危なかったのは当然であるし、刺されていたかも知れないと主張しつつも、その時は石川が包丁を持ち出してきたので憤激してとっさに殴ってしまったものであると供述しており、一貫して、石川から包丁で切られたり、刺されたりする危険を感じ、その危険を排除するために殴ったとは供述していない。この供述に表れている被告人の行為の意思は、防衛の意思と攻撃の意思とが併存している状態ではなく、専ら憤激のあまり石川に制裁を加えようという意思つまりは積極的な攻撃の意思であったというべきである。このことは、石川が、未だ包丁で被告人を傷つけようとする仕草に及んでおらず、以前刃物を持ち出した際にも実際に人を傷つけるような行為に及ばず、被告人らに刃物を取り上げられて終っていること、年齢も高く、本件当時相当酩酊して足がふらついている有様であって、被告人が加えたような強烈な反撃を必要とする状況にはなかったと認められることからも裏付けられている。さらに、被告人は、石川の行動を制止するような言動には出ず、「ふざけやがって。なめてんのか」といいながら、立ち上がりざま、いきなりウイスキーのびんで石川の顔面のあたりを強打し、石川がまったく攻撃の能力と意思を失った後もしつように同人に暴行を加えているのであって、この事実もまた、被告人の本件行為が石川の侵害から身を守る意思でしたものではなく、同人の度重なる悪態に我慢しきれず、同人が包丁を手にしたのを見て憤懣が爆発し、積極的な攻撃の意思で行ったものであることを強く推認させるというべきである。結局、被告人には本件ウイスキーびんによる殴打行為に出た際防衛の意思がなかったと認めるのが相当であり、これと同旨の原判決の認定には事実誤認はない。論旨は理由がない。

(小野 香城 安藤)

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